昨年の休日診療当番の時のことですが、39歳の男性の患者さんが、歯が痛く て昨晩は一睡もできなかったと、顎を押えながら来院されました。大学の先生だ けあって、痛みの状況などきちっと要領よく説明され、教養の深さがにじみ出て いるようです。私よりもかなり若いので新しい虫歯でも作ってしまい、神経が痛 んでいるのだろうと想像しながら口の中を見せていただきました。

するとどうでしょう。初めの印象では口の中はきちんと磨いて奇麗なはずの方 だったのですが、口の中は見るも無残な状態です。歯は既に数本抜けて無く、歯 肉も数箇所膿を持って腫れています。その上歯槽膿漏もかなり進んでいて、歯全 体がぐらぐらしているではありませんか。お話しをして見ても、口の中なんかど うでもよい、ともかく痛いところだけ治してくれと言うような方ではありません。 自分自身ではやるべき事は普通にきちんとしているつもりだし、また新しい知識 を得てもっと積極的に口の中の健康のために努力していきたいので、いろいろ教 えて欲しいとの事なのです。その昔、同じ様な台詞を言っておられた虫歯のひど い子の親がたくさんおられたのが思い出されます。 そういえば、最近はそのよ うな方はほとんど見られなくなったものです。

私には、どうしてこんな口の中になるのか、本当に不思議に思えるのです。だ がしかし、この人の現実の口の中の状態はどうなのかといいますと、やはり、歯 のまわりには歯垢がべったり付き、かなり汚れています。今日は歯が痛いので特 別に歯も磨けなくてこうなっているのかも知れないのでお聞きしましたら、いつ ものようにきちんと磨いて来たという事なのです。

私は、この人は時間をかけてきちんと口の中の手入れについて説明し、訓練す れば必ずまあまあの口の中になると思うのですが、それは現在の先入観を打ち破 れたらの事で、非常に難しいのです。とにかく、本人にはかなりきつい先入観が あり、年齢が40歳にもなれば数本は歯が抜け、50歳にでもなれば入れ歯を入 れるのが普通で、自分の親もそうだったと聞いているし、入れ歯さえ入れれば少 しは不自由かもしれないがまあまあ何でも食べられる、と言った具合に自分は特 別に悪いとはまるで思っていないのです。

皆さん、現在ではきちんと手入れをすれば、歯は一生持つことは常識になりつ つあるのですよ。きちんと歯磨きすれば歯槽膿漏だって治るのです。

厚生省では「8020(ハチマルニイマル)運動」を提唱し、80歳時点で自分の歯20 本を維持しようと呼びかけています。

高齢化社会がやってきます。一生自分の歯で噛む、これ常識!!となりますよう 子供たちの歯の健康のため、今年も頑張りたいと思います。